正法眼蔵随聞記を含むブログ記事
『伝光録』が説かれた日 09/07/03 11:38
は紙幅での開示、後者の方が難しいのは致し方あるまい。しかも、それは瑩山禅師の教えが平易だということでもあるまい。比べるべきことではないのだ。むしろ、比べるとすれば道元禅師との問答を懐弉禅師が記録した『正法眼蔵随聞記』が良いのではないだろうかとも思う。思想的には『伝光録』の方がよほど高度ではあるが・・・ などなど今日は、請益開始の十一日・十二日の問題から、余計なことまで述べてみた。 この記事を評価して下さった方は... つらつら日暮らし |
|
『どうせ死んでしまうのに、なぜいま死んではいけないのか? 』中島義道 09/06/29 19:18
、評判などを。だから、いかなる組織でも、私はそこにうごめく闘争の蚊帳の外であり、無益な奴、無害な奴として放っておかれる。こうして、私は職場でも家庭でも、そのはかの場所でも、ストレスがまるでないのだ。『正法眼蔵随聞記』の著者は「世を捨て、家を捨て、身を捨て、心を捨つるなり」と書いている。外形的には何も捨てていないが、つまり外からは見分けがつかなが、気分的にはほぼこのすべてを捨ててしまった。 著者の半隠遁は、世間の... あれこれ随想記 |
|
禅僧と「父の日」について 09/06/21 18:28
ということです。 我レ初めてまさに無常によりて聊か道心を発し、あまねく諸方をとぶらひ、終に山門を辞して学道を修せしに、建仁寺に寓せしに、中間に正師にあはず、善友なきによりて、迷ツて邪念をおこしき。 『正法眼蔵随聞記』巻5-7 無常によって、仏道修行への志を発した道元禅師でしたが、比叡山を辞め、建仁寺にいる間には、正師に逢わず、友もなかったために、邪念を発したというのです。この場合の邪念というのは、仏道修行を、自... つらつら日暮らし |
|



