正法眼蔵を含むブログ記事
[ 〈マンガ〉正法眼蔵入門:道元の「仏法」に迫る ] 白取 春彦 09/07/04 09:57
[ 〈マンガ〉正法眼蔵入門:道元の「仏法」に迫る ] 白取 春彦文庫 / 2009-07-04 09:57:53 タイトル:〈マンガ〉正法眼蔵入門:道元の「仏法」に迫る著者:白取 春彦(作), 登 竜太(画) 出版社:サン... LOS認定スピリチュアリスト・瑞葉(みずは)の読書記録 |
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〈マンガ〉正法眼蔵入門:道元の「仏法」に迫る / 白取 春彦(原作) 09/07/04 09:53
2009.07.04このブログを購読する〈マンガ〉正法眼蔵入門:道元の「仏法」に迫る / 白取 春彦(原作)「自分らしい生き方・お仕事(178440)」[ 文庫 ] タイトル:〈マンガ〉正法眼蔵入門:道元の「仏法」に迫る著者:白取 春彦(作), 登 竜太(... スピリチュアル系図書館司書・瑞葉(みずは)の読書記録 |
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籠を水に入れるように仏法を学ぶ 09/07/04 08:58
ふことなかれ。ただ、わが身をも心をもはなちわすれて、仏のいへになげいれて、仏のかたよりおこなはれて、これにしたがひもてゆくとき、ちからをもいれず、こころをもつひやさずして、生死をはなれ、仏となる。 『正法眼蔵』「生死」巻 我々が自己の身心を入れるのは、仏の家です。家を見ながら、外見を論評して分かった気になるのではなく、まずは入ってしまえと、住んでしまえと、それでその家の住人になってしまうのです。むしろ、家... つらつら日暮らし |
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系譜考−3(道元) 09/07/04 07:17
されるだろう。 しかしながら、一方に於いては、我々は現在この場所に住み喜怒哀楽と共に暮らしていると言う事は、非常に大きくて大切な事実なのです。 福井県永平寺は「禅寺」として有名ですが、「道元」が言う「正法眼蔵」には次の様な言葉が有ります。但し、これは道元の教えを一般の人々にも分り易く明治になってから編集したものです。味わい深いものが有って座右の銘としています。 「修証義」 、、、人身を得る事難し。仏法を値... 日本歴史と雑事記録 |
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仏教における愛(3) 09/07/04 05:59
薩の修行法には慈悲行をまとめた四摂事(法)がある。 四摂事とは布施・愛語・利行・同事で人に接するための四種類の意味である。ここに「愛」の字のついた「愛語」が登場してきます。「愛語」となると道元さんの「正法眼蔵 菩提薩?四摂法」です。私の手元には西嶋和夫老師の正法眼蔵注釈書があるのでそれを参考にしていきます。 本巻の大意はについて次のように解説されています。 菩提薩?は梵語 bodhisattva の音写で... 思考の部屋 |
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積読本、再び 09/07/03 19:56
際にいいお粥が炊けなければ、観念的でダメです。お粥一つ炊くにも、やはり具体的に、誰か上手に炊く人について炊き方を習わなければならない。修行というものは、どうしても具体的な師につく必要がある。内山興正『正法眼蔵 八大人覚を味わう』218-219頁(柏樹社、1980年)重々、承知しているつもりではいるが気を付けなければいけない、心掛けていきたい、という事で…また本からの引用になってしまうのだが、おぼえがき。そ... “禅的”おぼえがき。 |
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『伝光録』が説かれた日 09/07/03 11:38
的に連関し、徐々に深まりを見せる概念もあるが、全体としては一貫している。よって、比較的短期間に、集中的に説かれたと見た方が良いように思われる。基本的に一巻完結型で、約20年にわたって書き継がれてきた『正法眼蔵』とは違うのだろう。 こういう事情を斟酌せずに、「両祖の文体が違う」という人もいるが、おそらく瑩山禅師は口頭での提唱、道元禅師は紙幅での開示、後者の方が難しいのは致し方あるまい。しかも、それは瑩山禅師... つらつら日暮らし |
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礼拝 09/07/03 06:20
道元禅師は、『正法眼蔵』の陀羅尼巻で、本当に礼拝がこの世に行われている時は仏法が存続している証拠であり、礼拝が行なわれなくなったら大聖釈尊の教えが消滅したのと同じである旨を説いておられます。礼拝が単なる形式ではなく、そうい... 衆生無辺誓願度 法華一乗 『常圓坊』 |
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存在の謎に気がつくとき 09/07/03 06:16
存在の謎に気がつくとき 2009年07月03日 | 時間 道元さんの正法眼蔵の「有時」の一部に 「ある草も、ある現象も、みな時である。そして、それぞれの時に、すべての存在、すべての世界がこめられているのである。ときには、いまの時にもれる存在や世界があるかないかと考えるのもよか... 思考の部屋 |
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ブログサービスで不知足 09/07/02 13:35
らなぁ…と延々と続いていくであろう思いの例え話から、「知足」について…もういつまでたってもキリがない。自分の現在の収入より欲望をいつまでも上回らせているのが現代人です。つまり常に不知足です。内山興正『正法眼蔵 八大人覚を味わう』94頁(柏樹社、1980年)そして、本書では「実は誰でも、いま、このままで足りているという事実がある」と続くのだけれど…うーん、「常に不知足」かぁ 確かに、そうだな。さらに 今回の... “禅的”おぼえがき。 |
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