法華経を含むブログ記事
実に非ず、虚に非ず、如に非ず、異に非ず〜経典=人間の持つ大いなる力を示したもの 08/07/24 00:37
幾多の王侯貴族や富豪、そして多くの人々が夢見たであろう「不老不死」という見果てぬ夢。それをも超越して、「人間存在の奥底にあるもの」ともいうべきでしょうか。その「人間の根源」「人間の真実」を解き明かした法華経そして、この「如来寿量品」。そこで説かれる「無有生死。若退若出。亦無在世。及滅度者。非実非虚。非如非異。」が意味する不可思議なるもの。この一行がピタリと当てはまるもの、それは「生命の永遠」であり 日蓮と御書、そして法華経 |
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上七代下七代・上無量生下無量生の父母等存外に仏となり給う〜今、私から始まる「大いなる力」 08/07/23 18:00
った「南都焼き討ち」により清盛を始め平家一門が仏罰を蒙ったことについて)悪の中の大悪は我が身に其の苦をうくるのみならず子と孫と末へ七代までもかかり候けるなり、善の中の大善も又又かくのごとし、目蓮尊者が法華経を信じまいらせし大善は我が身仏になるのみならず父母仏になり給う、上七代下七代・上無量生下無量生の父母等存外に仏となり給う、◆たまに感慨に浸る時があります。これは「先祖供養の勧め」などではなく人間 日蓮と御書、そして法華経 |
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或は己身を説き、或は他身を説き〜豊穣なる人間としての自己へ 08/07/22 17:35
仏は衆生済度の為に、仮の神の姿形に変じて現れたというものに置き換えられました。仏が本地であり,神がその垂迹ということですね。御書には「諌暁八幡抄」に本地・釈尊、垂迹・八幡大菩薩として記述されています。法華経の第五に云く諸天昼夜に常に法の為の故に而も之を衛護す、経文の如くんば南無妙法蓮華経と申す人をば大梵天帝釈日月四天等昼夜に守護すべしと見えたり、又第六の巻に云く「或は己身を説き或は他身を説き或は己 日蓮と御書、そして法華経 |
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福聚海無量 08/07/21 17:02
豁然として大悟した境地を詩にした「渓声便是広長舌、山色豈非清浄身。 夜来八万四千偈、他日如何挙似人。」「三心」過去心、現在心、未来心。「明鏡現」空海 『秘蔵宝鑰(ヤク)』より。「海潮音」観音経 : 法華経 観世音菩薩普門品の一節より。妙音観世音 梵音海潮音 勝彼世間音 是故須常念具一切功徳 慈眼視衆生 福聚海無量 是故応頂礼詳細は以下をご覧ください。Webサイト漢詩道 海山人詩集 「福聚海無量頌」 (... 梅さんの独り言 |
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自作漢詩 「福聚海無量頌」 (2008年7月20日 海山人) 08/07/20 14:06
豁然として大悟した境地を詩にした「渓声便是広長舌、山色豈非清浄身。 夜来八万四千偈、他日如何挙似人。」「三心」過去心、現在心、未来心。「明鏡現」空海 『秘蔵宝鑰(ヤク)』より。「海潮音」観音経 : 法華経 観世音菩薩普門品の一節より。妙音観世音 梵音海潮音 勝彼世間音 是故須常念具一切功徳 慈眼視衆生 福聚海無量 是故応頂礼推敲過程漢詩道:自作漢詩 No.683 作「福聚海無量頌」 推敲過程 海山人詳... 梅さんの独り言
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ここが大阪ドームじゃなくてよかったね 08/07/17 01:50
ッテ−オリックス(時事通信) - goo ニュース[ニッカン式スコア]TEAM123456789RHE日生球場1042010008120川崎球場360000000982○ 柏バカ一代 1勝2敗● 中山法華経寺 2勝3敗HR グッチ1号、ドカン10号、金沢EIGHT HALL16号、黒薔薇24号今宵の試合展開を評して、いみじくもチバテレビ解説の初芝清のネ申が、「10点差を逆転されたことがある」と仰せになっ... 小馬太郎兵衛@タコのイカ踊りぃっ!! |
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純白で美しい高貴な容姿 renge 08/07/17 00:01
たたちの心が私の説く 法 を悟って、それを自分のものとして生活をしたならば、あのドロ沼に咲く蓮の花と同じように、心は美しく調和されて安らぎのある境地を得ることができるのだ・・・。」この話が、いわゆる「法華経」(ほけきょう)の根幹であり、後の世に伝えられたそうです。蓮にまつわる話では、次のような悲劇がありました。同じく釈迦時代での出来事です。釈迦(ゴーダマ・シッタルダ)は紀元前654年に、現在のネパー ゆき の ひとりごと |
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アメリカねた 08/07/16 19:02
2008-07-16アメリカねたテーマ:法華経忙しいと言いながら・・・ネットに逃避している私。そういえば・・・、LSD って知ってます?19XX 年代の(忘れた)、ヒッピーという独自の生活スタイルを持った人たちがアメリカにはいて、そういう人たちが... Welcome to Marie's 英語学習日記 |
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嘘も方便 08/07/16 11:40
0年も経て、様々な人が「如是我聞(ニョゼガモン)=私は是のように聞いた」と、いろいろ言い出した。それが何万巻もの経典となった。様々な宗派が生まれた。お釈迦様は1文字も書き残していないのにである。「法華経」こそお釈迦様の説かれた真実の教えと信ずる宗派は、「他のお経は、嘘、間違いだった」とは云えないので、「お釈迦様は“嘘も方便”として説かれたのだ」と苦しい言い訳をいう。“嘘も方便”とは便利な用語だ。そん... 一路の虚無僧日記 |
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衆生善業の因縁より出でたり〜万人が願うところの人間の究極のあるべき姿が仏なのでしょう 08/07/15 00:47
諸の聞法の者在在諸仏の土に 常に師と倶に生ずを見ました。これらはまことにもって味わいのある一説で、今更ながら「この経、法を持つ」ことの意味に歓喜が込み上げてきますし、勇気づけられもします。やはり、この法華経によって説かれる「師弟」というのは「三世に続く物語」ですし、仏、菩薩、衆生も一体化しています。ここが私にとっては「魅力」ともいえるところなのです。以下、そこらへんを少々書きます。◆「提婆達多品第 日蓮と御書、そして法華経 |
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