甲斐国

甲斐国についての解説記事(紹介記事)

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  • 春の甲州攻め (6) 〜武田氏館〜
  •  法泉寺の後は武田神社です。 武田神社というよりは、武田氏館や躑躅ヶ崎館といった方がなじみ深いですね。  私は人生で三度目の訪問なので、今回は100名城のスタンプを押しただけで退散いたしました。 ちなみにスタンプは拝殿前のお守り売り場にありますよ。[甲斐国] ブログ村キーワード・・・続きを読む
  • 日本攻城掃苔録 四十路さん四十路さんのプロフィール
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甲斐国を含むブログ記事

かのぴ〜さん
  • 山梨市屋内温水プール@山梨市
  • り道、汗を落としてすっきり帰ろうということでプールへ立ち寄り。富士吉田の北30kmほどに、山梨市の公営プールがあるようなので行ってみることにした。R20から数キロ程度。しかも、R20にある大きな鳥居(甲斐国一宮浅間神社 一の鳥居)のあるわき道(r303)に入っていくだけなんで、かなり分かりやすい。最初、間違えて山梨市総合体育館に行ってしまったんだけど、温水プールとは別。こっちは体育館。大きい。温水プール...
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みやさん
  • 甲斐の社 物部神社 石和御室山に坐す二座の式内社
  • 補佐し国務大臣に相当する職)として国政に参与し、一家一門はこの地を中心に繁栄し隆昌をきわめた。拝殿又物部神社は延喜式神名帳、三代實録等の古典に記録されており、それによると、清和天皇の貞観五年六月八日に甲斐国 従五位下勲十二等。同八年三月二十八日正五位下。同年閏三月一八日従四位下。同十八年七月十二日従四位上と更に陽成天皇の元慶三年二月八日正四位上、物部神従三位の位と田三十四町歩を賜る。本殿往古は山梨の郷御...
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列伝さん
  • ●信州 もののふ達の咆哮 三十三将星 「信玄に生涯を捧げた猛将・板垣信方」上の巻
  • な立場に置かれた。「主君の意向を重んずるか、はたまた傳役として信玄を支え続けるか…」 そして天文10(1541)年、当主・信虎が突如駿河に追放されるという武田家内のクーデタが起こった。父子の確執対立が甲斐国内を二分する大事件に拡大することを未然に防ぐためだったのか、それとも暴君とも噂された信虎を排除するためか、クーデタの原因は定かではない。 とはいえクーデタの主謀者は、信方と、同じ武田家の重臣・甘利虎泰...
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四十路さん
  • 春の甲州攻め (5) 〜法泉寺〜
  • おっと、もう答が出ていますが、武田勝頼の墓もあります。 こちらが信武の墓。 そしてこちらが勝頼の墓です。 勝頼の墓は他にも何か所かありますが、ここが江戸幕府から認められた唯一の菩提所なんだそうな。 [甲斐国] ブログ村キーワード...
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みやさん
  • 甲斐の社 甲斐奈神社(一宮町橋立)「甲斐國総社」
  • 任命・退任時に国内の神社を順拝することとなっていたが、国衙(現在の役所)に近い一社に国内の神社を勧請合祀、または一社殿を構築して勧請合祀し、便宜これを拝むに至ったが、これが総社の起源とみられている。 甲斐国史や諸文献をみると、甲斐国の総社は神祖宮、または神親社、林部の宮、橋立明神とも呼ばれている当社、又は笛吹市の春日居町国府に鎮座する甲斐奈神社「守之宮明神」とも云われさらには武田時代に甲府に国府が移され...
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山城めぐりさん
  • 山本勘介の子孫
  • もう少し山本勘介の子孫について調べてみようと思います。「山本菅助」とその子孫真下家所蔵文書・沼津山本家文書によれば、初代山本菅助の子息には二代山本菅助がいる。幼名は兵蔵、諱は幸房とされる。二代菅助は『甲斐国志』巻之九十六では「山本勘助」の項目に続いて勘助子息の「山本某」を立項し、実名を不詳としつつ一本系図によれば名は「勘蔵信供」としている。「山本某」は天正3年(1575年)5月21日の長篠の戦いで戦死し...
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山城めぐりさん
  • 毛呂竜谷山城?
  • 永正9年(1512年)に山内上杉家の家督を継ぎ、永正12年(1515年)の顕実の死によって関東管領職をも継いだ[5](永正の乱)。 しかし家臣・長尾景春の離反、扇谷上杉家の上杉朝興や相模国の北条氏綱、甲斐国の武田信虎などとの長年の抗争による不安定な情況の中で病に倒れ、大永5年(1525年)3月25日、59歳で死去した。 実子・憲政は幼少のため、先に養子として迎えていた憲寛[6]が跡を継いだが、憲房と顕実...
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たくげんさん
  • 小川山 後編 −シャクナゲ咲く奥秩父のはじまり
  • 江戸時代後期の地誌「甲斐国志」によると金峰山を玉塁(たまがき)とした古図があったそうで、この付近に住む須玉町の小尾、比志の集落の人は金峰山の麓を指して瑞塁(みずがき)と呼んだという。玉塁(玉垣)、瑞塁(瑞垣)は神社や神域の周囲...
  • たくげんBlogたくげんさんのプロフィール
ココちゃんさん
  • 富士山で春の風物詩『農鳥』が出現!古くから田植えなど農作業をする目安に!!
  • て、『農鳥』が出現する頃に田植えが行われているとのことです。スポンサーリンクスポンサーリンク3.『農鳥』の歴史は300年以上前からある!『農鳥』の歴史を遡ってみると、文化十一年(1814)に完成した『甲斐国志』と同じ時期に書かれた『隔掻録(かくそうろく)』に農鳥の記述があります!少なくとも300年以上前から『農鳥』はあったようですね。4. 2018年の『農鳥』の出現は平年並み!富士吉田市の発表した資料に...
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深沢 襄さん
  • 甲府市 昇仙峡 神社 御朱印めぐり
  • 神は、少名彦命(すくなひこなのみこと)、大己貴命、須佐之男尊の3柱になります。 社の案内によりますと、今から2000年ほど前の第十代崇神天皇の御代、悪疫退散と万民息災のために諸国に神を祀った際、甲斐国においては金峰山山頂に少彦名命を祀ったのが起源となるそうです。なお金峰山山頂には、奥宮があります。金峰山を御神体とする山岳信仰で栄えた神社でもあるそうです。 下の写真は、本殿になります。...
  • 楽しい御朱印めぐり深沢 襄さんのプロフィール

甲斐国を含むトラコミュ

甲府
  • 甲府
  • 甲府という名称は、武田信虎が居館を躑躅ヶ崎館(現在の武田神社)へ移した際に、甲斐国の府中という意味から甲府と命名したことに始まる。戦国時代には武田氏の本拠地とな...
  • トラックバック数:42 TB参加メンバー数:16人カテゴリー:地域生活(街) 中部ブログ
甘利虎泰
  • 甘利虎泰
  • 甘利虎泰は、戦国時代の武将。武田氏の家臣で、武田二十四将、信虎時代の武田四天王の一人である。家系は甲斐源氏・一条忠頼の流れをくむ武田氏の庶流にあたる。甲斐国巨摩...
  • トラックバック数:1 TB参加メンバー数:1人カテゴリー:歴史ブログ

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KURACHさん

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